「大陸じゃ、人魚の涙は真珠になるって言われてるよ」
夕食の時に、そんな話を弟に聞かせたのが悪かった。
弟ときたら、それきり夕食を食べ終えても、シャワーを終えても、ずっと人魚の零す真珠に心を奪われている。
ベッドに入ってからも、ずっとそればかりだ。

「ねぇ、兄さん。行こうよ、海へ」
「冗談じゃないよ、こんな夜中に」
「なら明日なら連れてってくれるの、」
「人魚なんて、会えるはずないだろう」
「会えるさ」
二段ベッドの上から逆さまに顔をのぞかせて、弟は自信たっぷりに笑う。
「どうしてそんなことが言えるんだ」
「今夜は満月だから、」
この調子だ。説得に応じる弟でもない。
仕方なく、連れだって家を抜けだした。
けれど、その時に弟はおかしなことを言った。
「兄さん、オカリナを持ってって」と。
意味が分からなかったけれど、言い出したら聞かない弟だ。
ポケットにオカリナをつっこんで、自転車の後ろに弟を乗せて、湾岸まで駆け下る。
風がごうごうと脇をすり抜けて、時折弟のはしゃぐ声が聞こえた。
すべての坂という坂を下ると、ようやく入り江に着いた。
「ほら、何もいやしないよ。帰ろう」
「いるさ、」
聞かずに、弟は自転車を降りて、入り江の中へ入っていく。
仕方なくついていくと、弟は一際海へせり出した岩の上に立った。
「兄さん、オカリナを吹いて」
「どうして、」
「いいから。ぼくが歌うから、それにあわせて吹いて」
言うが早いか、弟は海のほうへ向き直ると、ためらいもなく歌いだす。
冒頭を聞くなり、すぐに分かった。
弟が歌っているのは、港町に伝わる古い悲恋歌だ。
淀みなく流れる旋律に、そっとオカリナの調べを合わせる。
こんな悲しい曲には、ハーモニカよりもオカリナの物悲しい音がよく似合う。
甲高いボーイソプラノと、風鳴りに似たオカリナの音色が、入り江に反響する。
波さえ息をひそめ、ぬらりと濡れた岩肌や水面に歌がしみていく。
ちゃぷり、と大きな水音がした。
けれど、弟はかまわず歌い続けるので、それに合わせて最後まで吹ききった。
すると、またちゃぷり、と大きな水音がした。
弟の意外な歌の才能に目を丸くしていると、弟は水音がした方へ走った。
しゃがみこんで、岩の間から何かをひろいあげて、にっこりと笑う。
「ほら、手に入ったよ、真珠」
「何?」
小さな手の平をのぞきこむと、確かにそこには、小さな真珠が2つ。
「兄さん知らないの。あの歌はね、人魚と漁師の悲しい恋の物語なんだよ」
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《パール》 6月の誕生石
和名:真珠。
意味:健康・長寿。
古くは、クレオパトラが粉末にして飲み、美貌を保ったと言われる真珠。
女性の象徴であり、聖母マリア像に唯一似合う宝石とも言われている。
とはいえ、石ではなくご存知のとおり真珠貝から採れるもの。
恋愛を成就させたい時や、気乗りしない恋愛を断ち切る力を与えてくれるパワーストーン。

